■業績概要
1. 量子測定の数学的特徴付け
2. 重力波検出の標準量子限界を打破する測定モデルの構成
3. 同モデルによる不確定性原理の破れの証明
4. 小澤の不等式の提唱と証明
5. Wigner-Araki-Yanaseの定理の定量的一般化
6. 量子計算素子の精度限界の定量的評価
7. 量子Turing機械と量子回路モデルの計算量的同等性の証明
8. 量子集合論の進展
9. 物理量の所有値の同一性と量子集合論での実数の集合論的同一性との等価性
1994年Shorの量子アルゴリズム発見以降,量子計算機の実現を志向した量子情報研究が爆発的な勢いで展開中ですが,小澤正直教授は1980年代から今日まで,関数解析と数学基礎論を基礎に,数学,量子物理,計算機科学に亙る広大な境界領域で量子情報の研究を一貫して推進し,数理物理,数学基礎論,計算機科学,物理学各分野の専門誌に論文を多数発表してきました。
特に不確定性原理の再定式化を巡るこの数年間の研究は,極めて広い注目と関心を集めています。1927年Heisenbergによる不確定性原理提唱以来,物理量の測定誤差とそれと非可換な物理量の擾乱との積の下限はそれらの交換子で定まると信じられてきましたが,小澤教授は2002年,それが正しくないことを明らかにし,翌年それに替えて従来物理学者が予想もしなかった測定誤差と擾乱に関する新しい不等式(小澤不等式)を提案し,自ら構築した測定理論の厳密な数学的定式化の下にそれを証明しました。更に,保存則の下での測定精度の限界を与えるWigner-Araki-Yanaseの定理の定量的一般化と,それに基づく量子計算素子の精度限界の定量的評価を与え,量子計算機の実現に向けて保存則から来る強い制約を明らかにしました。量子計算量理論に関しても,西村治道氏と共同で量子Turing機械と量子回路モデルの計算量的同等性を初めて厳密に証明しました。
このように物理学の基礎に対する重要な貢献として広く価値が認められると同時に,その手法は厳密な数学的定式化と定理の証明に基づき数学的に全く異論のない形式を備えています。その理論的基礎は上述のように,小澤教授自ら構築した測定理論の数学的定式化にあり,これは物理的に可能なすべての量子測定を数学的に特徴づけることによって測定理論に関するHilbert第6問題を最終的に解決する形で,小澤教授の1984年の論文で与えられました。それによれば,量子測定の統計的同値類は作用素環上の完全正写像に値を持つ測度によって完全に特徴づけられ,この定式化に基づいて量子測定の数学理論が構築されました。
1988年当時重力波検出の方法を巡って,不確定性原理に基づく原理的検出限界としてBraginskyやCavesらが唱える「標準量子限界」が定説になりつつありましたが,小澤教授の測定理論からの1つの帰結として,この「標準量子限界」を打破する測定モデルが氏によって構成されました。Cavesらが推進する共振器型とそれ以前からの干渉計型の二つの重力波検出方式の優劣を巡る論争もこの結果で決着がつき,現在,重力波検出実験は専ら干渉計型検出方式で国際的研究が進められています。同時にこの測定モデルはHeisenberg不等式の破れを明示することで,測定精度と擾乱の普遍的関係を解明する研究の発端となり,先の小澤不等式の発見に結実しました。1990年代以降,この理論は標準理論としての地位を築き,量子測定の標準的教科書に採り入れられました。特に90年代後半以降の量子情報理論研究の爆発的進展を通じて,完全正写像値測度による測定の定式化は量子情報理論の不可欠な基礎を与え,量子力学の基礎に関する教科書にも特徴付けが紹介されるようになりました。最近の小澤教授の研究は量子力学の論理的解釈に向かい,1981年竹内外史氏の提案以来,進展のなかった量子集合論を飛躍的に進展させ,二つの物理量の所有値の同一性が量子集合論での実数の集合論的同一性と等価なことを示しています。今後更なる理論展開が期待されています。
これらの研究には、小澤教授が本年3月まで情報科学研究科に在職の間に精力的に進めてこられたものも多く含まれ、情報科学研究科としても心らお祝いを申し上げる次第です。 |
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