情報科学研究科30周年記念事業 東北大学 大学院情報科学研究科シンポジウム「情報科学」から「学び」を考える

学びが変わる 、DXが変える

講演レポート

  • 講演 1

    学びの見える化でより良い教育を 教育データ利活用基盤システム LEAF を用いた教育DX

    緒方 広明 教授(京都大学 学術情報メディアセンター)
    緒方 広明 教授
    読む 閉じる

    教育データ利活用の背景と目的

    今日は、私たちが開発した教育データ利活用の基盤システムの内容をもとに説明させていただければと思っています。教育データ利活用の背景には、コロナウイルス感染症に伴うオンライン授業の実施があります。また、「GIGAスクール構想」のもと、オンライン授業を可能とする1人1台の端末の配布があり、高等教育においても1人1台の端末が浸透してきました。これらの端末を使って授業を行うと、自ずと教育データが蓄積されることになります。こうして収集された教育ビッグデータには、どういうところに質問が多いか、どういうビデオの視聴が多いか、繰り返し見る部分はどこかなど、教育を改善するきっかけとなる情報がそこに隠されていることから、教育データの分析=ラーニングアナリティクスという分野が注目されているのです。

    ラーニングアナリティクス研究の目的は二つあります。一つめが、教育学習効果の最大化、2つめが教員の負担の軽減です。これにより、勘や経験に基づく教育から、データやエビデンスに基づく教育へと変革することをめざしています。データを収集し分析を進めていくために開発したのがエビデンス駆動型教育情報基盤システムLEAFです。

    緒方 広明 教授

    LEAFのシステム構成

    データの収集と分析のために開発したのが、「BookRoll」や「ログパレット」といったツールです。

    BookRollには、①どんな教材でもPDF形式で登録して、学生はプラウザで閲覧可能、②LMS(ラーニングマネジメントシステム)や学習eポータルからシングルサインオンで起動、③データを解析して、教育改善・教師の負担軽減、といった特徴があります。BookRollでは、次のページに進むとか戻る、マーカーを引く、コメントを書くといった15種類の活動をデータベースに記録することができます。それらの活動を学習ログとして記録し、さらに分析するためのツールとしてログパレットを開発しました。

    LEAFのシステム構成ですが、LMSがBookRollを起動すると、そのデータがLRS(ラーニングレコードストア)というデータベースに蓄積され、ログパレットが分析を行います。さらに、大学・学校ごとに分散して蓄積される学習ログデータを連結して使えるようにするため、ブロックチェーンを使ったBOLLシステムや匿名化してエビデンスを抽出するためのエビデンスポータルREALの開発も行い、LEAFシステムの構成に加えています。

    私たちがめざすのは、学習ログを用いた個別最適化された学びであり、さらに国全体としてはエビデンスに基づく教育の推進です。また、GIGA情報端末やOS等が海外企業によって占められているのに対し、国産の基盤システムによる教育データの利活用を実現したいと考えています。

    つまずき個所の見える化とAI推薦

    従来の教室では、生徒たちが問題を解いている間、先生が机の間を歩き、ペンが止まっているといった状況を確認し、その後の指導に反映していました。これが机間指導です。LEAFのシステムでは、この机間指導が瞬時に、しかも代表的なつまずき個所の抽出も簡単にできます。

    ペンストロークの分析では、ペンが長く止まったところが赤く表示され、スラスラと解答しているところは黒く表示されます。代表的な間違いの分析も、タブレットによる解答なら、その場で、リアルタイムで結果を得ることができます。工業高校のデザイン科でこれを使ったとき、デザインの過程がアニメーションで見ることができるので、なぜこういうデザインになったのか、閃きのプロセスはどこにあったのかを後から振り返ることができ、好評でした。プロセスを残すだけで、これまで隠れていたところが全部わかってくるという実践例の一つだと思います。

    分析に関してもう一つ紹介したいのが、「説明できるAIを用いた問題推薦」です。このシステムでは、ペンを使って問題を解く際、自己説明を書いてもらいます。その自己説明を分析することで、どこでつまずいたのかをAIシステムが判断し、それに基づいて次の問題を推薦し、推薦理由も説明します。他の多くのシステムでは、正解・不正解という結果だけをもとに次の問題を推薦します。これでは、生徒はどうしてこの問題が推薦されたのかがわかりません。そうではなく、推薦の理由をちゃんと説明してあげるということが必要であり、それを説明するためには、生徒の解答がどこでつまずいているかを判断しなければなりません。それをAIが行なっているのです。

    緒方 広明 教授

    自己説明を書くことのメリット

    教育においては、問題を解く生徒・学生の頭の中がブラックボックスです。そのブラックボックスを透明化する一つの方法として、私たちは自己説明を使っています。自己説明には、自分の思考を論理的に説明することで、思考力や表現力、メタ認知スキルを向上させるというメリットのほか、つまずき個所がわかり、それに合った解説を得ることもできます。また、自分以外の解き方や考え方を知ることができ、教員にとっても、学習者のつまずき個所や思考のプロセスがわかるというメリットがあります。

    よく自己説明できる人はきちんと理解ができている人です。正解はしても、自己説明は書けないという人も思います。これはうまく頭の中が整理できていないからです。自分がどこまで理解できていて、なぜ間違ったのかというのがわからない人もたくさんいます。そういう人に対してどういうふうに対応していくかは今後の課題です。

    これまでの研究では、単にたくさんの問題を解くよりも、問題数は少なくてもAIが推薦した問題を解く方が、高い学習効果を得られることがわかっています。教員の負担軽減という面でも、LEAFシステムを月に10時間以上利用する教員は、短時間で学力把握と教材作成が可能で、残業時間も短いという結果が出ています。

  • 講演 2

    情報科学を学びの現場へ 情報科学研究科ラーニングアナリティクス研究センターの活動状況

    堀田 龍也 教授(人間社会情報科学専攻 メディア情報学)
    堀田 龍也 教授
    読む 閉じる

    ラーニングアナリティクス研究センターとは

    情報科学研究科で立ち上げたラーニングアナリティクス研究センター(LARC)のセンター長として、センターの研究活動につきまして報告させていただきます。

    ラーニングアナリティクスというのは、教育データをうまく回収し、うまく解析すれば、学習者集団全体の動向が把握できるほか、一人ひとりの学びの特徴あるいは課題が同定され、一人ひとりに違う処遇を与えることができるのではないか、という研究分野です。特に数学のような学習内容の構造が明確な教科では処遇がやりやすいわけですが、人文科学や教養のような分野ではそれは難しいし、あるいは小学生のような発達段階ではブラックボックス度が高くなるということがあります。

    もう一つの課題は、教育データを利用可能な人は誰か、というデータの所有の問題があります。これは研究倫理のこととも背中合わせなので、非常に難しい課題です。個人情報の保護に非常にセンシティブな時代であり、特に初等中等教育の学校現場では個人情報保護条例がどちらかというと警戒する形で機能するため、データ取得の許諾がなかなか得られないという現実があります。

    データが取得しくいなら、取得させてもらえるところと連携して深く研究しようということで、ラーニングアナリティクス研究センターが取り組んでいる初等中等教育を対象とした2つの研究を紹介したいと思います。

    堀田 龍也 教授

    京都大学および株式会社内田洋行との共同研究

    まず、初等中等教育のICTインフラの整備で活躍されている内田洋行という会社と一緒にやっている研究を紹介します。

    使用したシステムは、先ほど緒方先生から紹介していただいたLEAFです。BookRollというブラウザのようなものでPDFの教材を見た子どもたちが、そこに黄色や赤色のマーキングをしていくわけですが、何を黄色、何を赤色というのは、その場で先生が決めることができます。それぞれの子どもたちがどこにマーキングされたかを重なった形で見ることができるので、色が濃くなっているところはみんながマーキングしたところということになります。

    この写真は、研究協力校である仙台白百合学園小学校での国語の授業です。大事だと思うところには赤色のマーカーを、わからないところには黄色のマーカーを引いてもらうと、それを合わさった形で見れば、このあたりは赤色が多く、大事だとみんな思っているということが事前にわかります。そうすると授業では、このあたりからやっていこうかというふうに、合意しながら進めることができます。先生が自分の考えだけで授業を進めるのではなく、子どもたちの現状と先生の考えが共有されて、先に進めることができるということになります。

    同じく研究協力校である宮城教育大学附属中学校での合唱の練習では、合唱で難しいと感じるところに楽譜上にマーカーを引いてもらいました。練習では、みんながマークしているのは楽譜の最後のところが多いから、最後のところを集中して練習しようというように、限られた時間を有効に使えるように活用していました。

    もう一つの事例は、研究協力校である熊本県の高森中学校での道徳の授業です。この授業では、自宅で事前に線を引いてくるという宿題が課されています。授業では、線が引いてあるところを確認しながら内容に入っていきます。いわゆる反転授業というスタイルです。このあたりは赤色が多いとか、黄色は結構散らばっているといったことを元に、可視化された全体の様子を把握しながら、先生は授業を進めていきます。一斉授業というスタイルは変わっていないものの、子どもたちの意見を吸い上げたかたちで一斉授業が動いているのです。これがもっと進んでいくと、みんなはこう言っているけど、僕はここが大事だと思うから、僕はここをもう少し深めたいといったことが段々と出てきて、いずれは一斉授業から脱却していくのではないかと思います。

    マーカーを付けさせたときと付けさせなかったときを比べると、内容の深まりや理解度はそれほど変わらないものの、授業に参加しやすくなる、自分の考えがはっきりする、いろいろな人の考えを聞きやすくなるということがわかっています。以上が、この研究のこれまでの状況です。

    茨城県つくば市との共同研究

    もう一つ、私たちLARCでやっている研究として、茨城県つくば市での事例を紹介します。この研究は、つくば市ならびに東京書籍という会社と共同で行いました。つくば市は、ICT活用教育に40年ぐらい前から力を入れている自治体として有名です。また、東京書籍は小中学校の教科書会社ではトップシェアの会社です。

    学校の教科書には教科書検定があり、各地域で採択されたものを使っています。しかも、紙の教科書は義務教育段階では無償給与となっているため、年間に約450億円もの国費が使われています。したがって、教科書が学習でどのように使われているかというのはとても重要なことのはずなのに、これまでは経験則しかなく、データは取得されていませんでした。そこで、デジタル教科書を使い、学習ログを取ろうとしたわけです。

    デジタル教科書では、教科書のあるところをクリックすると大きくなったり、音が出たりします。英語のデジタル教科書のどこが多く使われているかをヒートマップで見ると、一番使われているのは、本文を大きくするところでした。これはちょっと予想外のことで、私たちはネイティブの音声を聞いているのだと思っていました。今後は、子どもたちがどのように学習しているのかをビデオ解析し、学習ログと突き合わせていくような作業が今後必要になると考えます。そうした研究が、ゆくゆくは教師がどのように指導すればいいかということにも還元されるでしょう。

    つくば市のような自治体であれば、自分の自治体で採択した教科書は妥当だったのか、東京書籍のような教科書を作る会社であれば、自分たちの教科書はどのページが使いにくいのだろうか、次の教科書改訂ではどこを直せばいいのだろうか、というような知見が得られる可能性があります。

    堀田 龍也 教授

    今後に向けた課題

    LARCではこれまでいくつかのことをいろいろやってきましたが、まだ道半ばです。2年間の重点計画のプロジェクトとして研究を進めてきましたが、2年間で明らかになったことは、「教育データの取得はハードルが高く、いろいろ大変だ」というのが一番です。ただラーニングアナリティクスの研究の成果、こういうふうに役に立つということが普及していくと、社会改善にみなさんもっと前向きになっていただけて、データの収集が可能になっていくのではないでしょうか。そういう意味では、LARCのこの2年間は、研究の端緒となった2年間であり、今後も研究の成果を広く公開していくということが大事だと思います。

    高等教育では探索的な研究をいろいろやってみましたが、情報科学研究科にあるAI研究やデバイス研究など、さまざまな研究分野が結構応用可能なのではないかと思います。 初等中等教育のところの共同研究については、企業の方々も非常に協力的で、非常に期待されている分野だということがわかります。子どもたちの学びやすさの向上、先生の教えやすさ、あるいは教えるポイントをはっきりさせるといったこと、あるいは教科書や教材の改善など、いろんな方向への可能性があるということがわかってきています。

    2年間のプロジェクトはまもなく終わりますが、これまでの成果は、どのように研究すればいいかという方向を示してくれています。現在、この2年間の研究成果を査読論文にまとめています。同時に、次なる研究にしっかりと取り組んで、多くの情報科学研究科の各専門分野の先生方と連携していければというふうに思っています。

  • 講演 3

    あなたの脳に合った学び方で やり抜く力とwell-beingな学び

    細田 千尋 准教授(人間社会情報科学専攻 学習心理情報学)
    細田 千尋 准教授
    読む 閉じる

    学びとWell-beingの関係

    やり抜く力とWell-beingな学びということでお話させていただきます。まず紹介させていただくのが、Well-beingの多面的モデルです。近年いろいろなところでWell-beingということが言われています。Well-beingとは、いい状態でいるということであり、どういう要因があれば自分自身がいい状態でいられるかというモデルになります。

    いくつかモデルが提唱されていますが、このモデルの中では、主に5つの要因が関係あると言われています。この5つの要因の中には、エンゲージメント、つまり主体的に関わるということ、さらに主体的に関わったことに対して達成するということが重要であると考えることができます。これは学びにおいても当てはまリます、まさに学びというのは主体的に学ぶことであり、かつ何かしらの結果を得ることができる、できるようになるということがAccomplishment(達成)だというふうに考えることができると思います。

    細田 千尋 准教授
    ウェルビーイングの多面的モデル

    したがって、学ぶというプロセス自体をどのように回すかということが、Well-beingの状態には非常に重要であるということです。いろいろな人に対して同じパターンの講義や授業をしていると、それが良い効果を表す人もいるわけです。その通りにやっていることで継続することができ、達成することができる。結果として、自信もつくし、次への意欲もその人たちにはつきます。

    しかしそれがうまくいかないと、学ぶという行為を続けることができなくなり、途中で諦めてしまう。そうすると、こういう人たちは自主的にエンゲージできなくなってきます。何かしら引っかかってしまうと、やらなくなってしまうので、やらなくなれば達成できない。その結果何が起こるかというと、自分は駄目だというような自己効力感、自尊感情というものが低下し、生活全般の意欲というものも低下します。こういう状態は全体としてWell-beingが低下している状態というふうに示すこともできるのではないでしょうか。これが社会人においては、早期離職などの社会的な損失につながりますし、小中高などにおける非行行動や望まない妊娠の増加といったことにも関連しているというデータが国内外から出ています。

    脳から教育を見る

    私たちの専門はニューロサイエンスで、脳科学と心理学の中間ぐらいのところに位置しています。一人ひとりの脳の情報からその人を可視化し、どんな方法がその人に合っているのか、どんなことが実は得意なのか、あるいは苦手なのかというところを評価したいと考え、研究を行っています。

    脳というものから教育を見ようとするとき、関わりがあるとされるものの一つに、前頭前野があります。前頭前野は、社会性などを学ぶことに大きな役割を果たしているところです。脳は3歳ぐらいまでに全部でき上がっていると思われている方が多くいますが、そうではありません。特に前頭前野は、脳の中でも発達が非常にゆっくりしているところにあります。7歳の時点で前頭前野の発達がそれほど進んでいない人たちが、13歳ぐらいにかけてダイナミックに前頭前野が大きくなる。日本でいうとほぼ小学校の6年間にあたるこの時期に前頭前野がダイナミックに発達することが、将来の知能、IQにとって非常に重要であるということが、2006年、『NATURE』誌で発表されています。

    前頭前野の発達は遅い IQの高い人は10歳前後に前頭前野に発達ピーク=小中学校時代の教育が重要?

    もう一つ、学ぶということに関して重要だと考えているのがメタ認知です。「できない人ほど自信過剰」といった言葉を聞いたことがあると思います。通常であれば、能力が高ければ自信も高い、能力が低ければ自信も低いということになりそうですが、実際にデータをとってみるとそうはなりません。つまり、能力が高い人の方が過小評価をする。能力が低い人ほど過大評価するというわけです(ダニング・クルーガー効果)。

    これを学びの観点から考えると、おそらくメタ認知能力と関わりがあります。自分のことをどれくらい正しく理解できているか、これに関係するのが、前頭前野の中でもエリア10(前頭極)と言われるところです。

    細田 千尋 准教授

    エリア10とやり抜く力

    メタ認知能力が高い人ほど、エリア10と言われるところの脳の構造が発達しているということもこれまでの研究から言われています。注意してほしいのは、自己評価は当てにならないということです。必ずしもネガティブな意味だけでなく、自分のことは意外にわからないものなのです。そう考えると、採用試験の面接などで用いられる心理尺度といった計測法で十分なのか疑問です。そこで、客観的・定量的な個人差指標として脳情報、特に脳の構造情報というものを利用できないかという研究も行っているところです。

    脳の構造情報に関する研究では、英語能力と脳の関係性、英語のできる人の脳にはどんな特徴があるのかを調べたことがあります。赤くなっているところが英語力の高い人です。この研究では、英語のできなかった人が学習によってできるようになると、脳の赤いところが大きくなることもわかりました。

    4ヶ月の学習によって30%能力があがると約5%脳が発達1年後に能力が元に戻ると、 発達した脳も元の大きさに

    この研究では、やり抜く力についても、重要な知見を得ることができました。研究のために、英語を学びたいという学生さんをリクルートしたのですが、最後までちゃんと学習をやり切ったのは半数、残りの人たちはドロップアウトしました。ドロップアウトした人と完走した人の脳情報を比べると、メタ認知に関係のあるエリア10のところの情報が違うということがわかったのです。

    したがって、エリア10の構造情報を見ると、その人が継続するのかドロップアウトするのかがある程度事前に予測できるということになります。エリア10は将来を見越すというところであり、おそらくヒトに特化した能力だと考えられます。この能力は必ずしも生まれつきのものではなくて、鍛えることができます。特に個別最適化したようなスタイルで学習すると、やり抜けなかった子たちもやり抜けるようになり、かつエリア10の大きさも大きくなります。また、20歳を超えても大きくなるということもわかっています。

      前頭極(Area10)の構造から高確率でやり抜けるかを予測(国内・国際特許)

    今後に向けた取り組みと課題

    達成がWell-beingに関係するという話を最初にしましたが、最近、どうもそうでもなさそうだということもわかってきました。ある研究で、1か月間毎日30分間のトレーニングをしてもらっています。その研究の中から、プレリミナリーな結果ですが、達成してもwellbeingが得られない人がいる可能性が見えてきました。その原因はなんでしょうか?私たちは、今その原因となるものを探っているところなのですが、脳や特性などいくつもの要素が関わっている可能性が見えてきています。ウェルビーイングな学びの実現のために私たちができることは何かを研究している中で、これまで取り組んできたさまざまな研究の成果も活用し、現在私たちは「個性評価アプリ」の開発に取り組んでいます。

    また、自治体からいただいた教育ビッグデータを解析することで、成績があまり変動しない子、変動する子はそれぞれどんな子なのかを、機械学習から高い確率で予測するという研究もしています。また家庭生活や親の在り方がどのように子供に影響するのか、といった観点での研究も進めています。こういった研究に興味のある自治体や教育機関の方は、ぜひご一緒させていただければと思っています。

  • 講演 4

    学び方と教え方を心理学の知見から 理解の認知プロセスと学びの支援

    邑本 俊亮 教授(東北大学災害科学国際研究所)
    邑本 俊亮 教授
    読む 閉じる

    理解に影響する要因

    私たちが物事を認知して理解するとき、いろいろな要因でそれが必ずしも正しく理解できなかったり、認知が歪んでしまったりいうことが起こります。まずこれを読んでいただけますか。

    これをどう読むか、上段は「いんりょく」「じゅうりょく」「らっか」と読むと思います。下段は「うんどうかい」と読むでしょう。お気づきのことと思いますが、上段の真ん中の「重力」というのと、運動会の「動」という字は全く同じ形をした同じ情報です。同じ情報なのに、それが「引力」と「落下」に挟まれると、「重力」と見えてしまう。一方、下段のように「運」と「会」に挟まれると、一文字の「動」に見えてしまう。つまり、私たちがものを認知するとき、まわりの情報がそこに影響力を持っているのです。これを文脈と呼んでいます。文脈が影響して、その文脈のもとで認知されるというわけです。

    そもそも情報は、多義性がある場合があります。例えば「こい」という言葉。恋愛の「恋」という意味もあれば、魚の「鯉」という意味もある。形容詞の「濃い」も、「故意」も、こっちへ「来い」という意味もあります。ですから、こういう一つの言葉がどの意味で使われているかは、文脈がないとわからないわけです。

    文のレベルでも、意味が決まらないものもあります。「太郎が次郎と三郎を励ました」。さて、励ましているのは誰で励まされているのは誰でしょうか。これも解釈がひと通りにはなりません。太郎が次郎と三郎の2人を励ましているのかもしれません。太郎が次郎と一緒に三郎を励ましているのかもしれません。

    意味が複数ありそうな情報でも、文脈があれば、意味が一つに決まることが非常に多いです。「太郎が次郎と三郎を励ました」の場合も、その直前に「三郎はテストで悪い点を取って落ち込んでいました」といった情報があれば、太郎と次郎が2人で三郎を励ましたというように一つに意味が決まります。文脈があるから、私たちは意味を一通りにとれる。文脈で意味が決まるのです。

    知識を頭の中で準備し、知識を活性化した状態で読まなければ理解できないということもあります。知識を持っているだけでは駄目で、それを必要なときに頭で活性化して物事を受けとめる、そういうことが大事だということです。知識を使えば書いていないことまでわかってしまう、補えるし詳細もわかる。これが知識の重要な役割です。

    どんな期待を持っているかで理解が変わることもあります。例えば「土曜日まで雨は降らないでしょう」という天気予報が出たら、日照り続きで早く雨が降ってほしいと思っている農家の人は「土曜日は雨が降る」と思うでしょう。土曜日の遠足を楽しみにしている小学生は「雨は降らない」と思うでしょう。どちらにもとれる文章の解釈が、期待の側に寄せられるということも起きるわけです。以上が、理解に影響する要因の話です。

    邑本 俊亮 教授

    理解の認知プロセス

    次に、理解の認知プロセスをおさえておきましょう。どんなことが頭の中で起きるのか。ある人が授業に出ていて授業内容を理解しようとしています。授業内容を聞いて頭の中にインプットしました。これは理解かと言われると、これは理解ではありません。

    理解をするというのは、その授業の内容を単にインプットすることではない。では、どういうことが起きるかというと、まず文脈を見ます。そして知識を使って授業内容を解釈します。そして推論し、自分なりに精緻化します。そして頭の中に入れる。その結果、頭の中に入ったのは、先生が言った授業内容をその人なりに解釈を加えて、その人なりの状況モデル(心内理解モデル)を作り、それで理解が成り立ったわけです。

    理解の認知プロセスについてお話ししました。教育場面では、教師が話してそれが学習者にどのように伝わるかということを常に考えなければいけません。学習者がどのように受け止めてくれているのかによって、教師が言ったこと、伝えたことの意味や価値は変わります。これを言ったら伝わるだろうと教師は思っていても、実際には伝わってなかった、違って理解されてしまったとするならば、それは教師の方の責任ということになるわけです。

    理解を支援する方法

    最後に、理解を支援する方法について話したいと思います。まず構造化と先行オーガナイザーです。物事を伝えるときには、その伝える内容を構造化しなければなりません。授業の組み立ては、現場の先生方は日頃からやっていらっしゃることだと思いますが、通常は、導入があって展開して最後にまとめです。私の場合、最初にこういう話をし、次にこうして、最後にこうすると、3つで組み立てるっていうのをよくやっています。個人的にはこの「3」という数字が非常に不思議な数字で、私は勝手にマジカルナンバー3と呼んでいます。文章や談話などの構成も3部構成にするとわかりやすいのではないでしょうか。

    これは私が授業の最初に学生に配布するワークシートの例です。このワークシートを配ることで、今日の授業は3部構成で、それぞれの中にこういう項目があるというのを見せます。何かを伝える前に示す、こういう全体像となる情報を先行オーガナイザーと呼んでいます。

    私の授業では、このワークシートが全体像を示すと同時に、学生はここに一生懸命メモをとります。寝てる暇はありません。授業が終わった時には、立派な1枚のワークシートができるというそんな形を作っています。

    二つめは、精緻化情報の提示です。「眠い男が水差しを持っていた。太った男が錠を買った」(A)。「眠い男がコーヒーメーカーに水を入れるために水差しを持っていた。太った男が冷蔵庫の扉にかける錠を買った」(B)。AとBは、いずれも2つの文が含まれていて、それぞれ同じ状況を表している文ですが、情報量はBの方が増えています。

    こうした「男が何をした」という文をたくさん出して覚えてもらい、時間をあけて思い出してもらうという記憶実験を行うと、Bのグループの方がよく覚えているのです。Aの方はなぜ眠い男が水差しを持っているのかわからないし、太った男が錠を買った理由もわからない。けれども、Bのように、理由をきちんと示して精緻化してあげることで、受け手が受け止めやすい、理解しやすい形になるというわけです。

    学習者が自分で精緻化すればいいのですが、人間はわざわざそんなことをしたがらない生き物ですから、教師側が精緻化情報を示してあげる必要があります。でも、本当は学習者が自分自身で精緻化情報を生成したほうがよいのです。そのほうが記憶に残るということがわかっています。これは自己生成精緻化効果と呼ばれています。

    最後に、イメージ情報や現物の提示という話をします。次の文章を読んでみてください。

    この文章には挿絵がありますが、もし挿絵がなかったらどうでしょう。おそらく、わからない方が多いと思います。挿絵があることで、この言語情報で示している内容がよりわかるようになるわけです。

    邑本 俊亮 教授

    「ジョンとビルが湖でボートを浮かべていると、遠くにコーヒーの缶が浮いているのが見えた。ビルは“あそこに行って拾ってみよう”と言った。そこにつくと、ジョンがそれを拾い、中を見ながら“あれ、缶の中に石が入っている”と言った。ビルは“誰かが缶をそこに浮かべておきたかったんじゃないかな”と言った」という文章を学生に示すと、「缶の中に石が入っているのになぜ浮いているの?」と疑問に思う学生がいます。

    そこで、絵を使い説明します。「湖の湖面にコーヒーの缶が浮いています。小石が缶の底の方に入っていると缶は浮きます。なぜなら、残りは空気だから」。そして、それでもわかってくれなければ、現物を持ち込んで見せます。

    本当に理解してもらうため、言語情報だけではわからないというときにはイラストや絵を使う、それでもわかってくれなければ現物を持ち込んで見せる。学びの支援という点では、そこまでやる必要がある場合もあるということです。

  • パネルディスカッション

    情報科学が切り拓く未来の教育

    モデレータ堀田 龍也教授
    堀田 龍也 教授
    読む 閉じる

    堀田

    それではパネルディスカッションを進めてまいります。堀田が進行させていただきます。テーマは「情報科学が切り拓く未来の教育」ということで、今の教育にどう役立てるかという話もありますが、もうちょっと先を見て、未来の教育、教育支援、学習支援といったことについて検討してまいりたいと思います。パネリストは私も含め6名の講演者のみなさんです。 テクノロジーがどんどん進み、それが教育にある種のインパクトを与えるということがあります。この分野で研究していると議論になるのですが、例えば視力はみんな一人ずつ違っても、眼鏡やコンタクトレンズといったテクノロジーのおかげでみんなが同じ様にいろいろなことを見ることができる。テクノロジーに支援されて人がうまく生きるというのは喜ばしいことだというふうになっているわけです。しかし、例えばオリンピックに出場する陸上選手が最新テクノロジーの靴を履いて走るということに対しては、これは速くなり過ぎるのではないかみたいなことで、ここまではいい、ここからはいけないという話が出てきます。

    堀田 龍也 教授 パネルディスカッション

    ではAIはどうでしょう。AIというテクノロジーはこれからもっと進むと思いますが、仕組みを知り、それをうまく使いこなすというのはむしろ能力として認めるべきかもしれないわけで、そうすると、教育や学習なるもののパラダイムが大きく変わらざるを得ない可能性もあるということだと思います。それでも人間が自分で考えなければいけないことは何で、テクノロジーにうまく支援させればいいことは何、という議論があるのかなと思います。

    最初に、細田先生と邑本先生にお尋ねしたいと思います。うまく学べる人になりたい、あるいはうまく学べる人を育てたいといったことを多くの保護者、もちろん本人もそうかもしれないですし、学校の先生もそういうふうに考えていると思います。うまく学ぶということについて、心理学者としてのそれぞれの立場からご見解をお聞かせ願いたいと思います。

    細田

    うまく学ぶというのを例えば脳の研究の立場から考えたときに、うまく学んでいる人の状態は、脳が興奮している状態、もっとわかりやすくいうと、ワクワクしている状態というような表現をします。そういう状態にもっていっているというのが重要になってくると思います。「やる気スイッチ」というような、何かモチベーションを引き出すような場所が脳の中にあるのではないかと考える方もいると思いますが、実はそうではありません。

    細田 千尋 准教授  パネルディスカッション

    脳は予測をするのが得意です。無意識に予測をして次の行動を決めているのが脳です。何から予測しているかというと、過去にどうだったか、今まで自分がどんなことをしたときにどんなレベルでどんなことが起こったか、というようなことを無意識的に全部統計にかけるようなことをして次のジャッジをしています。そこで大事なのは、自分の中で過去のデータと照合したときに、あまりにも簡単だと「飽きる」になるし、それが難しすぎると「やりたくない」になるし、そのときに自分が適切だと判断できるようなものを与えてあげるような環境を作ってあげるのが、脳にとっては興奮するような状態、学びが促進されるような状態になると表現できるのではないかと思います。

    堀田

    脳は本当にすごいですね。自分に対するちょうどいい具合の負荷と言ったらいいのでしょうか、そういうものを意図的に選ぶようにするということでしょうか。

    細田

    そうですね。意図的に選ぶとか、そうなるように周りから意図的にちょうどいいものを与えてあげるということだと思います。

    堀田

    なるほど。もう一点、経験を無意識的に照合しているという話がありましたが、やはりいろいろなことを経験しているというのは、原則的には大事なことなのでしょうか。

    細田

    いい経験も悪い経験も予測するときに使われてしまうことになるということだと思います。

    堀田

    ありがとうございます。それでは邑本先生、お願いいたします。

    邑本

    うまく学ぶには、すでにある知識が新しい学習を取り込んでくれるので、ある程度知識を持っているということが非常に重要だと思います。ただし、自分の興味のあることはすごく知識があっても、子どもたちがすべての領域の知識をある程度持っているということは難しいので、あまり興味のない分野の知識をどうやって身につけさせるのかということを考えなければなりません。この点に関して、私が関与している学生グループの取り組みを紹介したいと思います。彼らは、防災について子どもたちに学んでもらおうというイベントを企画し、実施したのですが、どうやって学んでもらおうかを考えたとき、宇宙と防災を重ね合わせよう、宇宙の話なら面白そうと思ってみんな飛びついてくる、だから宇宙と防災を掛け合わせたイベントを開こうということになりました。そして実際に申し込みを募ったところ、あっという間に定員が埋まってしまった。やはり興味のあるところから入っていくと、子どもたちはそこに飛びついてくる。興味のあるものを見つけ、そこからつなげるというのが、まず一点です。

    邑本 俊亮 教授 パネルディスカッション

    二つ目は、精緻化です。学び手である子どもたちが、自分から学習内容を精緻化できるような子になってほしい、受身で情報を受け取って終わるのではなく、これはどうだろう、自分と結びつけるとどうだろうというふうに考えられる、そういう癖をつけてほしいと思います。先生方にはぜひそのような指導や教育をお願いしたいです。

    そして三つ目が、深い理解を導くような方略を身につけるということだと思います。理解の方略は人によって違うとは思いますが、これについては私が以前やった研究の例を紹介したいと思います。抽象的な概念を学ぼうとすると、通常、抽象的な概念は難しいので、多くの学習者は、これはどういうことだろうと具体の方に行きます。具体例を見つけ出して、そこで「わかったわかった」となって終わってしまう学生さんもいれば、そこで終わらずに、具体例を見つけた後に「自分の言葉でまとめるとこういうことかな」ともう一度抽象に戻り、抽象的にまとめをする学生もいます。さらに人によってはそのまとめで終わらずに、さらにもう一歩自分が今まとめたことは他にどんな例に当てはまるだろうかと、もう一度具体に戻るのです。深い理解に至るプロセスとして、抽象と具体の主体的な往還、これが非常に重要だと私は思っています。

    堀田

    興味があるところからとかいうのは、学校の先生の教え方にとっては非常に意味のあることですし、場合によっては子育てで悩んでいる保護者の方も参考になると思います。最後にお話のあった抽象と具体の往還ですが、これを授業に取り入れている先生のところは、やはり子供たちもワクワクして学んでいるように思いますし、一方で子ども自身がそういうことをするといいという方略を知るというのは非常に今日的なことだと思います。少し前までは、学んだ結果だけがテストで測られる時代だったのに対し、今は考え方とかものの見方とか、そういうことが重視されていく時代になって、学校でも教えなければいけない非常に大事なことだというふうに感じました。

    次に、長濱先生と乾先生にお伺いしたいと思います。うまく学ぶということをテクノロジーの側から支えておられるお二人は、うまく学ぶための教材、うまく学べているかどうかの判定、あるいはうまく学べるようにするための外からの支援といったことについて、データドリブンでいろいろやられていると思います。うまく学べる人を育てる、うまく学べるように支援するといったことについて、お二人の研究分野での話を頂戴できればと思います。

    長濱

    うまく学べているかをデータで検証するには、というところだと思いますが、学び方のクオリティを評価するというところに関するデータの利活用はまさに黎明期にあり、クオリティに関する研究はまだ私の方ではできていないというところが正直なところです。一方、今後そうしたクオリティに関して、それこそ乾先生のような研究の方向で研究のアプローチがなされ、先行知見をどんどん積み重ねていってくださることを、個人的には楽しみにしているところです。

    長濱 澄 准教授 パネルディスカッション

    一方、うまく学べているかというよりは、例えば人と違って学んでいる学習者を学習ログから特定するということは可能かと思います。違って学んで成果につながっている子と、違って学んで成果が芳しくない子というように、人との違いというものを可視化、顕在化することは可能かなというふうに思いますし、先ほど邑本先生からもありましたように、方略の違いというものに関しては、実際にデータを示すことができるのかなというふうに思います。クオリティを評価することは難しいと先ほど言いましたが、どういうふうに評価をするのかというのは、現場の先生であれコーチであれ、やはり伴走者となる人がしっかりその状況に基づいて見立てをしていくというような方向も十分にあり得ると思いますし、研究者としての役割としては、こんな教材をこんなふうに作った方がいいとか、こういう特性がある方に関してはこういうアプローチでいくと結果が得られるかもしれないといったところを、日々エビデンスを積み重ねながら実験あるいは他のアプローチで示すことが重要なのではないかと考えています。

    堀田

    一つお聞きしますが、テストの成績が高かった人たちは、実はこういう方略で学んでいる傾向があるようだということを学習ログから推定するというような研究はありますか。

    長濱

    十分にあり得ると思いますし、それこそ緒方先生がこれまでされている研究はそういったところを示すものだというふうに感じています。

    堀田

    なぜこの人は何回も巻き戻しているのだろうとか、なぜこの教材はこの辺でよく停められるのだろうというのには何らかの因果があるわけで、そこをもっと丁寧に研究を重ねていくしかないですし、もしかしたら、教材制作に優れている方や学校の先生たちの知見が結構役に立つのかもしれませんね。それでは、乾先生、お願いいたします。

    学びを支援するということをデータドリブンでということですけれども、ラーニングアナリティクスというのは、まさに学びを支援するという研究を支援する、学び支援をどうやればいいかをデータから学ぶ、そういう大きな営みだと考えています。学びをどうやったら支援できるかということをデータから学ぼうとすると、これまで一般的な理解はある程度あったけれど、おそらくもう少し個別に、学習者の性格なり、これまでの経歴なり履歴なり、今の状態なりというそれぞれの個別性にもう少しテーラリングできるような学びの仕方をデータから学ぶ、まさにそういうことが今始まりつつあるというふうに理解しています。ですので、その結果はまだまだこれからだというふうに思います。 そのとき重要なのは、学習効果をどう測定するかということが大きな鍵を握っているということです。そういう意味でも、ラーニングアナリティクスは非常に重要なテクノロジーになってくるのかなと思います。

    乾 健太郎 教授 パネルディスカッション

    それからもう一つ、学びを支援する方法をデータから学ぶといったとき、言語のデータをもっと入れていけるはずですし、そこに技術をもっと入れていける余地があるのではないかと思います。クリックのような粗いログだけでなく、というお話が堀田先生からありましたが、まさに緒方先生がおっしゃっていた自己説明、言語による説明開示といったものは丁寧な研究をやっていくのに必要だと思いますし、そうした言語データをどういうふうにこの大きな営みの中に入れていくのかということが、言語処理でミッシングリンクを補完するというか、言語処理の役割かなというふうに思って参画させていただいています。

    堀田

    そもそも学習とは何かということに立ち戻る話なのだと思います。うまく学べたというのはどうなったときを言うのか、点がとれるという話なのか、点はまだとれないけれどよく考えたという話なのか、その辺がいろいろ揺れるのだと思います。今はいろいろなデータが取れる時代なので、学習とは何かといったことの再検討が結構やられているのかなと思いますし、情報科学研究科ではそれを心理学から、あるいは脳科学から、さらには自然言語処理からやろうとしている人たちがいて、そうした研究者が集まって、今日ここでシンポジウムをやっているということです。

    それでは緒方先生にお聞きしましょう。いわゆる学ぶということをデータで検証していく、あるいはうまく学ぶということを支援する先生を支援するのがラーニングアナリティクスだというふうに、乾先生はおっしゃいました。データドリブンで教育ビッグデータをどのように解析し、どのように支援システムを作っていけばどのような成果が出るのかという研究分野だと思いますが、日本をリードする世界的な研究者として、緒方先生はこの分野はこれからどういうふうに進んでいくとお考えでしょうか。あるいはどの辺りがこれからトレンドになるといったことや、私たち情報科学研究科への期待も含めてコメントをいただければと思います。

    緒方

    我々大学の研究者は、ともすれば研究一番、教育二番といいますか、教育よりも研究に力を入れがちということがあるかもしれません。でも実際にはそうではなく、世界を見れば研究を頑張っている人は教育も同じように頑張っているわけです。しかしながら、やはり研究のための時間は大事だというところもありますので、そのためには教育に割く時間を効率的に使うという意味で、ラーニングアナリティクスというのは、我々大学の研究者になくてはならないもの、初等中等教育において教員の時間を削減するという話をしましたが、実は大学の先生こそ教育も一緒にやっていますので、ラーニングアナリティクスはなくてはならないものだと思っています。

    緒方 広明 教授 パネルディスカッション

    情報科学研究科の先生方に期待するところは、堀田先生も先ほどおっしゃっていたように、脳科学や心理学、教育学などいろいろな分野の先生方と一緒になってラーニングアナリティクスの研究を進めるということは重要だと思います。各先生方の研究分野というのは、教育学習のプロセスの中のどこかで必ず生かせるところがあると思いますので、そういった観点でも研究を進めていっていただければと思います。

    もう一点、学生への教育だけではなく、若手研究者への教育というのがこれからますます重要になってくると思います。研究の方法とか、倫理面とか、どういうふうに研究を進めるのかということだけではなく、若手の研究者を育てるという意味でもラーニングアナリティクス、いかに効率的に効果的に若手の研究者を育てるかというところも考えていってほしいと思います。

    堀田

    ありがとうございます。学習や教育というのは、自分の研究室にもあるような割と身近なことですし、学校に限らず人は学習し、誰かが支援しているわけで、そういったことを研究対象にした場合、それぞれの専門分野がリーチ可能ですし、応用可能な分野であるということだと思います。情報科学にはいろいろな研究室があり、いろいろな研究を進めているけれども、研究の成果を学習や教育にちょっと転用してみようという形で、それぞれの研究室の技術がうまく使われることを期待するというお話だったと思います。

    最後に、緒方先生からのご指摘や、あるいは今日のシンポジウムで語られたことを踏まえ、ご自身あるいはご自身の分野において、教育や学習に対してこういう研究をしていきたい、こういうアプローチをしていきたいといった話を一言ずついただければと思います。

    細田

    脳の観点から見たときに、例えば学習がうまく進んでいる人とうまくいっていない人はどう違うのかとか、学習障害の人と健常の人はどう違うのかというところで、脳の中の特徴を見出すことはある程度できるようになってきています。しかし、それが科学的なエビデンスとして、論文として発表されているというような事実はあるものの、その域を出ていない。それがわかったとして、教育現場や学びにその情報がどういうふうに生かせるのかというところにはまだ距離があるというふうに思っています。それこそ違う分野の先生方の技術と融合していくことで、脳から得られた情報というのが実際の学習現場でどういうふうに応用していけるのかというところを発展させていけるといいなと改めて思いました。

    邑本

    今日の話の中で私が一番興味を持ったのは、乾先生のレポートの評価の支援です。というのは、大学教員としてレポートを採点するときにどう採点すればいいのか悩むときがあって、やはりそれを手伝ってくれるシステムがあればいいなと思ったのが一つです。

    それから先ほどの議論の中で教育効果の測定という話が出てきましたが、これは非常に難しい問題だと思います。というのは教育効果を測定するときに、通常は事前と事後に同じ質問項目でどう変化するかを見るわけですが、ある期間に継続的に教育を行った場合、子どもたちはその教育だけを受けているわけではなく、他の教育や日常経験からの影響が必ずあるわけです。事前から事後の変化が教育の効果だと判断するためには、一体どうすればいいのかというのはこれまでも考えてきたところで、引き続きの課題の一つだと思っています。

    それともう一つ、大学の先生の中にも教育に関心のある方がいます。そういった先生方が、「こういう教育をやりたいんだけれども、誰か何か助けてくれ」というような声を上げていただけると、「自分の分野ならこういうことがやれるよ」というように、そこで仲間を集めて広げていくことができるはずです。そういう方法もいいのかなと、話を聞いていて思いました。

    長濱

    先ほど細田先生から「距離」というキーワードが出たと思いますが、私自身はタスキとかバトンというふうに捉えることができるかなと思います。先ほどの細田先生のお話は、ニューロサイエンスと心理学の間で生体情報を変数にしながら何か教育的な効果を生み出すような取り組みをなさるというように受け止めさせていただきました。実践との距離というふうに細田先生はおっしゃいましたけれども、それこそ先生がいま作成されている個性評価アプリと学習ログをしっかりつないでいく。そこで見えてきたものが実際の学校現場ではどうなのかというようなところで、例えば堀田先生にバトンを引き継いでいただき、データの蓄積を進めていく。もっとダイナミックにつながるものかもしれませんが、しっかりタスキを渡す、バトンを渡す、そんなところを頑張っていきたいと個人的には思いました。

     

    AIというのは、人間のように考えられる機械をつくるというだけではなく、そういう機械をつくろうとする営みを通じて人を知る。そこに大きな目標を置いた研究分野だと思っています。人を知るという中で、学習はど真ん中にあってもおかしくない、ものすごく大きな課題だというふうに思いながら、今日は話を聞かせていただきました。先ほどChatGPTの話を少ししましたが、堀田先生からは学習・教育の定義そのものをもう一度見直すということもあるのではないかというお話もありました。私もまさにそうだと思います。知識をただ詰め込むだけではなく、考えるという部分が本当に最後に残った学習教育の大きなところだというふうに考えると、人に関する理解を深めるということに学習教育は直結する話なのだと思います。そういう大きい話を学際的にやっていくことに少しでも貢献できたら、こんな楽しいことはないというふうに思っています。

    堀田

    今回は、情報科学が切り拓く未来の教育というテーマで議論してまいりました。私ども情報科学研究科ではこういうことを研究している、すでにここまで実用化してビジネス化しているといった話も今日は出てきましたが、わからないこともまだまだたくさんあります。そもそも情報科学という研究科は、多様な学問領域にまたがっている学際的な研究科です。そういう意味で、理論からビジネス化まで、そして幅広い学問分野がある中でどう連携するのかというのが一つの大事なキーワードだと思います。このパネルディスカッションを通して、そういうことが皆様方にお伝えできていれば幸いです。

    本日はありがとうございました。

    パネルディスカッション