東北大学大学院 情報科学研究科

東北大学大学院情報科学研究科シンポジウム
「情報科学」から「行動の因果」を考える Q&A

講演2ストレスと行動の接点を探る に関するQ&A

回答:井樋慶一 教授(システム情報科学専攻 生体システム情報学)

  • ストレスの定義は何ですか。
  • 「ストレス」という言葉は医学・生物学や心理学、社会科学などの学術領域ばかりでなく日常の会話でも頻繁に用いられていますが、必ずしもきちんと定義されているとは言えません。医学・生物学領域で「ストレス」という言葉を最初に用いたのはW.B. Cannonですが、人口に膾炙するようになったのはHans Selyeによるところが大きいと言われています。
    Cannonは工学領域で用いられるstressの語義 [strain(歪み)を引き起こす応力] に沿って生体の恒常性を損なう外力のような意味で用いましたが、Selyeは様々な(非特異的な)刺激(ストレッサー)によって生体に生じる反応のことをストレスと呼びました。Selyeの提唱したストレス応答は基本的に内分泌性の(ホルモンを介した)応答です。
    ですから、Selyeの立場からすればCRF応答を引き起こすものをストレスと定義しても間違いではありませんが、先に述べたように現在用いられる「ストレス」の意味はそれでは言い尽くせないほど多様です。ですから、学術用語として用いる場合は始めにストレスの定義をしておくことが必要です。
  • 血糖値はストレスと関係あるのですか。
  • ストレスに伴って副腎髄質から分泌されるアドレナリンは糖新生を賦活し血糖を上昇させる方向に働きます。ですから、糖尿病の患者さんではストレスで血糖コントロールが不良になる場合があります。
  • ストレス応答(防御)メカニズムとしてあげた、ホルモン、自律神経、エネルギー代謝、免疫などの系を統合するメカニズムは解明されていますか。
  • 大変重要なポイントです。おそらく、視床下部がこれらの統合の鍵を握っていると考えられますが、どのようにして統合されるかは未だ解明されていません。脳幹部や辺縁系も重要な意義を有すると思われます。私たちもこのことに強い興味を持って研究を進めているところですが、複数の系が絶妙な仕方で統合されるのが生物のすごいところだと思います。
  • ストレスの種類によって過食になったり食欲が低下したりすることはないでしょうか。ストレス耐性には個人差がありますが、それは脳内のストレス応答が違うことに起因するのですか。ストレス応答の違いは遺伝子の違いで説明できますか。
  • それぞれ大変興味深い考察でしかも大切なポイントを突いています。いずれも十分可能性がありますがまだ実証されておらず、これからの研究課題です。
  • 脳内ストレス応答に要する処理時間はどのくらいですか。
  • 難しい質問です。「ストレス」には様々な種類があり、ストレスの種類、あるいはそれが急性ストレスか慢性ストレスかによってストレス応答に要する時間が大幅に異なると考えられるからです。
    たとえば、「痛み」はストレス応答を惹起する感覚性入力ですが、感覚神経終末から脊髄、視床を経由して大脳皮質の体性感覚野までに要する時間は数10ミリ秒ぐらいでしょう。しかしこの痛み情報を視床下部のCRFニューロンに伝える神経回路はまだ明らかでありません。大脳皮質の体性感覚野のほか視床や脳幹部から視床下部への入力もあると考えられ、 多シナプス性の回路を介し信号がCRFニューロンに到達するので、どの経路を経由するかで伝達に要する時間が異なります。
    末梢からのストレス性入力は感覚神経経由のものだけでなく免疫系を介するものもあります(免疫系の細胞から血中に分泌される化学物質のうちにはストレス応答を惹起するものがあります)。また、たとえば嫌なことを想起した時に条件反射的に生じるようなストレス応答は末梢からの入力路を介さずに脳内に生じる現象です。さらに、慢性ストレスの場合は何日もかかって脳内(たとえば扁桃体や海馬、大脳皮質など)に可塑的な変化が惹起され、出力がある閾値を越えるとストレスとして処理されるのだろうと考えられるので単なる伝達時間の問題ではなくなります。